タンゴの音楽に関わるようになって、あちこちで演奏していますが、時おりタンゴが「南米の民族音楽」と説明されていて「う~ん・・・」と首をひねってしまう時があります。
南米というとフォルクローレのような民族音楽が盛んなので、そういったイメージから誤解されていると思うのですが、一般に言われる民族音楽からタンゴはけっこうずれているように思います。(タンゴ奏者がレパートリーにフォルクローレを入れることも多いので、さらにややこしくはありますが)

そもそも民族音楽の定義は「特定の民族が独自に持っている音楽」ということであり、さらに「非ヨーロッパの音楽」というイメージが強いようです。(近年では東欧や北欧の「民族音楽」が注目されるなど絶対とはいえませんが)

まず「特定の民族が独自に持っている音楽」という面でいうと、タンゴは微妙なところです。タンゴはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、今から140年ほど前に生まれた音楽です。アルゼンチンは移民が作った国であり、イタリア系、スペイン系が多いものの様々な国の出身者によって構成されています。「特定の民族の音楽」とはいいがたく、しいていうとブエノスアイレスという特定の街に根差した音楽といえるでしょう。

また「非ヨーロッパの音楽」というとタンゴは完全にずれてしまいます。タンゴにはアフリカ音楽の要素も隠し味程度に入っているのですが、そのルーツはヨーロッパからの移民が持ち込んだヨーロッパ系の音楽にあります。移民たちが故郷の音楽や当時の流行の音楽などを、ありあわせの楽器で演奏して日々の厳しい暮らしの憂さを晴らしていたことが、タンゴの起源につながっていったのでしょう。

さて、初期のタンゴのリズムにもっとも影響が強かったと思われるのはキューバのリズム「ハバネラ」です。(ただしこのリズム自体源流は17世紀ヨーロッパの「コントールダンス」なのでややこしい)。その後ハバネラはスペインに持ち込まれて18世紀に発展(ビゼーの『カルメン』でも有名ですね)、さらにここらへんは私の推測ですが、フラメンコやアンダルシア民謡としての「タンゴ」などとごちゃ混ぜになりながらアルゼンチンに上陸したのではないかと(おそらくギターも絡みつつ!)・・・このようなヨーロッパと南米のダイナミックな文化の交流の歴史を考えてみると、ヨーロッパ音楽か非ヨーロッパ音楽か?という定義づけは非常にささいなことに思えてきます。

当時のタンゴの演奏の記録はほとんど残っておらず、おそらく演奏者も体系的に音楽の教育を受けたような人はいなかったことでしょう。そんな中でもヨーロッパの要素が非常に強いが、それでいて100%ヨーロッパ音楽とは言えない「俺たちの音楽」として、貧しい移民たちの間で徐々に誇りをもって作り上げられていったのでしょう。

こういってしまうと身も蓋もありませんが、音楽のジャンル分けというもの自体、考えれば考えるほどわからなくなる不毛なことのように思えてきます。現在活躍しているタンゴの演奏家の方たちもクラシック出身、ジャズ出身もかなり多く、「楽譜にそって演奏されることが多い」という点ではクラシック音楽に近く、「原曲に対して大幅にアレンジを加えることが奨励される」という点ではジャズに近いとも言えます。
「タンゴは民族音楽なのか?クラシックなのか?それともジャズに近いのか?」・・・その回答を出すことは難しいのですが、タンゴ演奏家の端くれである私としては、「タンゴはタンゴである」と誇りをもって宣言したいと思います!

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