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以前から気になっていた「ピアソラ~その生涯と音楽」を読了。
かなり詳細な評伝で、時系列にそって様々なエピソードが並べられており、ピアソラをよく演奏する自分としては最後まで興味深く読むことができました。

関係者への取材や、過去の雑誌などに掲載されたピアソラ自身へのインタビューが情報源になっており、細かい事実の積み重ねから巨匠の真の姿が浮かび上がってきます。

くわしい感想はまた後日として、特に印象的だったのはピアソラという人物の持つ、途方もない矛盾した二面性でした。
多くのエピソードで彼とかかわった人々は、ある時は「陽気でよく気づかいをし、友人を大切にする穏やかな好人物」という印象を受け、またある時は「気難しく短気で冷淡、あつかい難い人物」という印象を受けます。家族に対しても愛情にあふれた面と残酷な面を見せます。

大胆なようで人間関係には奇妙な繊細さを持っていたり、大好きな鮫釣りや料理、友人とのパーティーで人生を謳歌している一方、仕事面では自分を徹底的に追い込むワーカホリックであり、人気者で常に多数の中心にいる人間でありながら孤独感をにじませる一面もあったりと、様々な矛盾を内包した激しい性格の人物でした。

亡くなる直前まで、徹底して自分を高めようともがく姿は、息苦しささえ覚えるほどでした。
「天使と悪魔」ともたとえるべき、この強烈な二面性が彼にしか達成できなかった、新しいスタイルのタンゴを生み出した原動力だったのかもしれません。


また、最後までタンゲーロ(タンゴ弾き)としてのアイデンティティを持ち続けたということも、再認識できました。「タンゴの破壊者」と称されることも多いピアソラですが、本人は古いタンゴや過去の巨匠たちに強い愛着を持っており、自分もタンゴの伝統を受け継ぎ歴史に名をつらねるということに最後まで強いこだわりを持っていたようです。
伝統的タンゴ楽団の指導者だったアニバル・トロイロとのエピソードはほっこり温かいものが多いですし、他のタンゴミュージシャンとの交流ややり取りは当時の熱気が伝わってくるようです。

その過激な言動から敵対者も多かったのですが、それ以上に友人や賛同者も多く、常に嵐の中に身を置いて、前進を続ける・・・ピアソラが気を吐いていた50年代~60年代のブエノスアイレスの音楽界はさぞかし刺激的でエネルギーに満ちていたに違いありません。
そのような「熱い時代」を生きてきた音の凄みが、彼のさまざまな録音や作品からあふれ出ています。


全体的に次々と固有名詞が登場するので、タンゴや当時のアルゼンチンについてのある程度の知識がないと少々読みにくいかもしれません。タンゴの作曲家や名演奏家の演奏や略歴を知っておいた方が理解度が高まるでしょう。
特にピアソラに興味はあるが80年代の、「黒シャツを着てバンドネオンを抱えた初老の男」という、「完成形」のピアソラしか知らない方(演奏する方ならなおさら)は、この本を読む価値は十分にあると思います。ある作曲家が自分のスタイルを確立するために苦悩し戦っていく姿を丹念に描いた骨太の評伝でした。