◆音楽家の情報発信
これは私の持論なんですが、音楽家は自分の扱っている楽器・音楽のジャンル・楽曲についての情報をもっと発信する必要があるのではないでしょうか?

現在は企業でも飲食店でも、自分の扱う商品・サービスの特徴・製法・安全性・産地などを細やかに説明します。
そのような情報の発信が容易な時代になったことも大きいと思いますが、なによりも消費者が「中身のわからないもの」を購入することを敬遠するようになったことが大きな理由でしょう。
また売る側も時間と費用をかけて必死で作り上げた商品なら、なおさら言葉を尽くしてアピールしたくなるのも当然でしょう。

それならば、音楽家も自分の提供する音楽がどういう音楽で、どのような素晴らしさがあるかを、自らの言葉でもっと世間にアピールしてもいいのではないでしょうか?

プロの演奏家として活動するには何年もの血のにじむような練習とかなりのお金(レッスン料、楽器などの費用)が必要です。
それだけの努力と投資をしているわりに、自分が何を演奏しているか、自分がどのような演奏家なのかを説明することには消極的な人が多いように思います。

ここで問題になってくるのは、音楽家の中には「音楽を言葉で説明するのはナンセンス。音楽家は音で勝負しないといけない」とか「自分のジャンルを理解できる人だけついてくればいい」と無意識に考えている人が少なからずいるのではないか、ということです。

実際コンサートのお知らせをいただいても、チラシだけでは会の趣旨がわかりにくいものも多いのです。
私はギター関係ならある程度ぱっと見れば内容は予想できますが、なまじわかるだけに「これってギターを知らない人には意味不明なんじゃ⁉」と心配になるものもあります。



◆なぜ説明しないといけないのか
古い時代の音楽、違う地域の音楽を取り上げるとき問題になってくるのは、そのジャンルの音楽が当たり前のように受け入れられていた時代や地域と、現代の日本では大きな隔たりがあるということです。(私はアルゼンチンタンゴの活動を通じてそれを痛感しました)

「よいものなら必ず理解される」と思ってはいけないのです

「200年前のヨーロッパ」や「50年前のアメリカ」「100年前のアルゼンチン」etc....と同じ文化の下地が今の日本にあるわけではありません。
当時のその地域の人が持っていた知識や暗黙の了解が存在しないと、同じ楽しみ方、受け入れ方をすることは難しいのです。(大多数の日本人が、江戸時代の人と同じ感覚で歌舞伎を娯楽として見ていないのと同じですね)

そういった時代や地域のギャップを少しでも埋めるために、音楽家はもっと言葉を発信する必要があると思うのです。

ただし「専門家と一般の方のギャップ」も存在することは忘れてはいけません。
専門用語を乱発するのではなく、相手に伝わる言葉を吟味する必要は当然あります。

「伝わる言葉」は必ずしも営業マンのような上手な言葉でなくてもいいと思います。
自分のできる範囲の表現でも、真剣さが伝わるならそれでもいいのです。



◆「普遍的なもの」を探して
古い時代の音楽だから、流行の音楽ではないから大勢に理解されなくてもしかたない、いまさら流行させる必要はない、という考え方は間違いなくそのジャンルのさらなる衰退を招くでしょう。

どんな業界も「発展」か「ゆるやかな衰退」しかなく、現状維持はあり得ないと思います。

現在ある程度の人数のそのジャンルのファンがいたとしても、ファンを増やす努力を絶やすと、次第にそのジャンルは縮小していってしまうことになります。

そもそも、「時代や地域を超越して通用するような音楽」というものは存在しないのでしょうか?

私はそのような音楽は存在すると考えています。

どんな時代、どんな地域でも共感される何かがある、それが普遍的ということです。

100年前でも200年前でも、ヨーロッパでもアジアでも南米でも共通する、人間の心に訴えかける何かはきっと存在するでしょう。

自分たちの音楽の中に存在する時間や距離を超えて共感できる部分(美しさ、楽しさや悲しさ等の表現される感情、好奇心の刺激など)を探り、それを伝える最大限の努力(音楽で・言葉で・行動で)、をすることが、自分たちの演奏会に足を運んでもらえる大きな原動力になるのではないでしょうか?

何が普遍的か?という問いは、「自分はその音楽の何にひかれたか?」を再度見つめなおすことで見えてくるでしょう。
自分が感じた魅力の正体(=普遍的な何か)をわかりやすく人に伝えることが、時代や地域が遠く離れた音楽と現代の日本の聴衆をつなぐ架け橋になるかと思います。

もし自分たちの音楽は大衆に受け入れられる必要はない、限られた少数の人に理解されればいい、というならそれはそれで良しとして、閉じた世界にいればいいと思います。すべての音楽が普遍的である必要もないでしょう。
ただしそのことで世間の不理解を「聞く耳がない」「文化力がない」と呪うのはお門違い、絶対にやってはいけないことです。

今の時代、音楽家・演奏家として活動することは非常に難しいといわれています。
だからこそ、冷笑するなら笑わば笑え!で誰よりも真剣に音楽の魅力を伝えるためにもがく必要があるでしょう。

音楽家は自分の音楽・ジャンルへの愛情・知識をだれよりも持っているはずですから、照れることなくそれを大声で発信するべきだと思います。

ファンが増えて、一定以上の発信力が得られると、スポンサーがついてより音楽活動がしやすくなるという可能性も十分にあります。

これは演奏と同じく自己表現の一環なのです。


ギター横