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ピアソラの評伝『ピアソラ~その生涯と音楽』は非常に興味深いエピソードが数多く紹介されており、ピアソラファンやピアソラを演奏する方にとっては必携の一冊といえます。

そんな中で私が注目した一節は、後期五重奏団のピアニストだったパブロ・シーグレルとの自分の作品の正しい演奏方法の議論の中で、ピアソラ本人が語った次の言葉です。

「コンテクストがどうであれ、タンゴではカモーラを表現しなくてはならない。
それがルーツの伝承の方法なのだ」


カモーラ(camorra)とは「喧嘩」を意味する口語で、ピアソラの最後のアルバム「ラ・カモーラ」のタイトル曲にもなっています。
このカモーラという言葉は、タンゴ誕生の歴史と深い関係があります。



◆下町のやくざな音楽

タンゴは19世紀後半のブエノスアイレスの貧しい下町で生まれたダンスミュージックであり、その誕生には「コンパドリート」といわれるヤクザ者たちが関わっていました。

彼らは一般的なチンピラのイメージとは違い、生業はまじめに励み、金を盗むなどの行為は行わなかったそうですが、何よりも自らの誇りと強さを証明することを重視し、自らのプライドを守るためなら即座にナイフを抜き戦いを挑む、危険な香りのする男たちでした。
このようなヤクザな伊達男たちが、男ぶりの良さを競い合うように踊り合ったのが、最初期のタンゴだったといわれています。
このコンパドリートたちの屈折した生き様の残照が、彼らが消え去り、ブエノスアイレスが発展していく中でも、タンゴの中に通奏低音のように綿々と受け継がれていったのです。

このようにタンゴはその生まれから考えても、反骨の精神を本質的に持っています。

たしかに20世紀に入り都市の富裕化が進む中、タンゴの主役はもはや下町のヤクザ者ではなく中産階級に移り、タンゴも商業的ないわゆる「売れ線」のものが増えていったことは否定できません。
それでもタンゴの中に根差す反骨精神からか、タンゴではたびたび音楽的な革新や挑戦が繰り返され、大きく揺れ動きながらも新しいものが生み出されていったのです。

ピアソラの音楽はタンゴから大きく離れていくように見えて、自身はこのような伝統と革新のせめぎ合うタンゴの歴史を受け継ぐ者としての誇りを持ち、生涯タンゲーロ(タンゴ弾き)であろうとした人物でした。



◆ピアソラの闘争

フリオ・デ・カロ、エルビーノ・バルダーロ、アルフレド・ゴビ、そしてアニバル・トロイロ・・・革新的な音楽を作り出したパイオニアたちにピアソラは称賛を惜しみません。
それとは反対に変わることを良しとせず、伝統の中に安住して同じことを繰り返すだけのあり方には、ピアソラは我慢ができなかったようです。

そのような保守的なあり方は、彼にとっては「タンゴ的ではない」ように思えたのでしょう。
彼にとってはタンゴは革命の音楽、常に挑発的でなくてはならないものだったのです。
この思いが彼の人生をタンゴ界に挑戦するカモーラ(喧嘩)に彩られたものにしていきました。

ピアソラの生みだす音楽は常に議論のただなかにあり、保守的な人々からは激しい批判が寄せられました。そういった古いタンゴファンには、ピアソラはまさしく「タンゴの破壊者」にしか見えなかったでしょう。
ピアソラはかつてのコンパドリートよろしく「売られた喧嘩は買う」人物であり、自分に対する批判には喜んで応じ、舌戦を繰り広げました。(本当にこぶしが飛び交う喧嘩もたびたびあったようです。ニューヨークの悪ガキだったころから彼の強烈なパンチには定評がありました。)

また「タンゴ=程度の低い大衆音楽」という偏見が根強かった時代です。
タンゴに軸足を置きながらも、クラシック音楽を学び、クラシック作品を作曲するピアソラはそういった権威主義にも挑戦するものでした。


◆カモーラを表現する

ある時は絶賛され、ある時は批判の矢面に立たされ・・・常に闘争のただなかにいたピアソラでしたが、確実に言えるのは彼自身がまるでかつてのコンパドリートたちのように、闘争の中心にいることを望んでいたということです。

闘争が創造を生み、精力的な音楽活動に向かわせる・・・
ピアソラの音楽が甘美でありながら、どこか暴力的で危険な死のにおいがするのは、どんなに音楽的に洗練されていても、コンパドリートに通じる反逆の精神が根底に流れているからでしょう。
これが保守的な人々がピアソラの音楽に猛烈な反発を感じ、若者たちが熱狂的に受け入れた理由かもしれません。
気楽にいつもの「古き良き音楽」を楽しみたかった人々には、彼の音楽は突然血まみれのナイフを見せられたような不快感があったことでしょう。


演奏する側にとってもピアソラには手ごわさがあります。
ピアソラの音楽は知的で完成度が高く、普通に演奏するだけでも「それなり」にかっこよくなってしまうきらいがあります。
しかしそれが大きな罠で、ピアソラの知的で洗練された部分にだけ目を向けても、本質は見えません。
そこから一歩踏み込み、路地裏のナイフのきらめきから始まったタンゴの100年の歴史を紐解いていかないといけないのです。
それがピアソラの言う「ルーツの伝承」ではないでしょうか?

自分は音楽で汗をかく人間だ」とピアソラは語りました。
表層だけでなくピアソラの音楽を理解するには、彼と同じく血と汗を流し、タンゴと格闘する必要がありそうです。
ピアソラにとって挑発的な「カモーラ」こそがタンゴの精神の源なのです。