Astor_Piazzolla

アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)の「タンゴの歴史(Historia del Tango)」はフルートとギターのための重要なレパートリーとして頻繁に演奏されている、ピアソラ後期の名曲です。

もともとはベルギーで開催されたリエージュ国際ギターフェスティバルのために作曲され、1985年にマルク・グローウェルズ(フルート)とギー・ルコフスキー(ギター)によって初演されました。
「ボルデル1900」、「カフェ1930」、「ナイトクラブ1960」、「現代のコンサート」の4曲からなり、タンゴの時代による変遷と未来へ向かっていくさまを表現しています。
ギターとフルートという編成はタンゴのもっとも古い演奏スタイルと言われており、ピアソラが意図的にこのような編成にしたことは容易に想像できます。

具体的な奏法はギター誌などで何度も取り上げられているので、ここではそれぞれの楽章で描かれているピアソラのイメージしたであろう時代背景を考察してみたいと思います。


◆ボルデル1900
「Bordel」とは娼館という意味で、タンゴ黎明期の場末の酒場・娼館でのにぎやかな演奏をイメージしています。(ちなみにBordelはスペイン語ではなくフランス語ですが、これは単純にベルギーでの初演のために書かれたからでしょう。フランス人の前ではあまり大きな声では言わないほうがいい単語のようです)
この時代はタンゴは下層階級の流しの音楽で、ギター、バイオリン、フルート、クラリネットなどの編成で夜な夜な安酒場などで演奏されていたそうです。港近くの荒っぽい界隈にたむろする男たちが、男ぶりを競うように踊っていた音楽がタンゴの起源だったのです。当時のタンゴのリズムは、ラプラタ川発祥のリズムであるミロンガやスペインから伝わったハバネラの影響が強く、軽快な2拍子で演奏されており、ピアソラのこの作品もそれに倣っています。
初演者のマルク・グローウェルス氏によると、「冒頭は非合法な店に取り締まりに踏み込んだ警官が吹き鳴らした警笛の音」とのことですが、氏の解釈なのかピアソラ自身の指示なのかは不明です。いずれにせよこの時代のタンゴの持っていた粋でユーモラスな雰囲気が表現されている楽章です。


◆カフェ1930
アウトローなにおいのする音楽だったタンゴも30年後には中産階級以上の一般的な人気を獲得し、パリを中心とした欧州でもタンゴブームが起きるなど、その人気や知名度は高まっていました。それに伴い初期のような流しの楽団ではなく、しっかりとした音楽的知識を持った人材が作曲や演奏に携わるようになり、タンゴは音楽面でも演奏技術的の面でも、以前よりも洗練されていきました。
また人々の好みの変化からか初期の陽気な軽快さより、人間の感情の機微を歌い上げる哀愁を帯びた歌心がタンゴの特徴となっていき、リズムも4拍子で表記されることが多くなっていきました。アルゼンチンが経済発展を続けていた時代であり、タンゴのゆりかごであるブエノスアイレスも「南米のパリ」と称される美しい大都市に成長していました。タンゴの重要なレパートリーの多くが作曲されたのも、この1930年前後であり、音楽としてのタンゴが成熟してきた時代と言えるでしょう。
そういった時代背景をくんでか、この楽章は美しくメランコリックなメロディが展開され、1楽章よりも複雑で繊細な印象を与えています。


◆ナイトクラブ1960
「ボルデル1900」「カフェ1930」がピアソラが直接体験したことのない時代なのに対し、「ナイトクラブ1960」は当時39歳のピアソラがブエノスアイレスで気を吐いていた年代。
当時はダンスとしてのタンゴの人気が衰えつつあった頃で、多くのダンスホールが経営不振に陥る中、ミュージシャンたちは生き残りをかけて「聞くためのタンゴ」を意識し始めていました。政治の不安定さも徐々に社会に影を落とす中、時には激しく対立しながらもタンゴの生き残りをかけて音楽性を高めていく音楽家たち・・・ピアソラ自身が体験した激動の時代の熱気を感じさせながら、4曲の中で最もピアソラらしい盛り上がりを見せる楽章です。
リズムも4拍子の縛りが消え、6/8拍子が変則的に取り入れられているのは、ジャズなどの外来の音楽、フォルクローレや他の南米の音楽などの要素を吸収しながら、変容してくタンゴの表れなのかも知れません。



◆現代のコンサート(Concert d'aujourd)
年代は書いていませんが、他の曲が30年周期で書かれているところをみると、1990年をイメージしているのでしょうか。この年にピアソラが脳溢血で倒れたことを考えると、奇妙な運命のようなものを感じてしまいます。
「コンサートホールで演奏される現代の前衛タンゴ」という趣で、これまでの3曲とは明らかに作風が違い、まさにピアソラしか書けないアバンギャルドなタンゴの世界。ピアソラが傾倒していたストラヴィンスキーの影響も強いようです。(ピアソラはストラヴィンスキーは自分のアイドルだと語り、自室にずっと彼の写真を貼っていたそうです)通常の調性からハーモニーを意図的に違和感を感じるようにずらした響きは、最後までふわふわ浮遊するような奇妙な効果を生み出しています。
しかし和声の面はいかにも現代音楽的ですが、リズム的にはむしろボルデル1900の時代、つまり泥臭く洗練されていなかった時代のタンゴに回帰しているようにも感じさせます。「現代のコンサート」の躁病的なある種の落ち着きのなさは、そのまま猥雑な場末のタンゴの世界につながっていくような、不思議な歴史の循環のようなものを思い起こさせないでしょうか?そして終盤にはリズムまでもが解体され、狂乱のような幕切れとなります・・・
以前の記事でピアソラが重視するタンゴの根幹「カモーラ」について書きましたが、洗練と複雑化を極めた結果、原点の下町のやくざ者たちの殺気と闘争の世界に再び回帰していく・・・そのような印象を与える幕切れです。
あるいはピアソラは、タンゴの100年の歴史の中で繰り返されてきた、革新と伝統のせめぎ合いをこの4楽章中に内包させたかったのかもしれません。