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アルゼンチンタンゴの演奏をしていると他ジャンルのミュージシャンから「タンゴは仕事も多そうだし人気があるので儲かりそうですね」と言われることがあるんですが・・・いやいやそんなに甘くはありません。
タンゴは確かに一見よく知られていて人気のジャンルのように思われる要素もあるのですが、実際に関わってみると、このジャンルが有名なようで実際にはあまり理解されていないことに気づかされます。
ダンスショーの印象が強いからか、やけに妖艶で官能的なイメージを持たれたり、バラエティ番組などでは逆にちょっとコミカルな感じで取り上げられたり・・・
音楽としては今はやはりピアソラ一辺倒の興味のもたれ方をしますが、それもまた微妙にずれています。
タンゴを演奏してまだ8年の「若手」ではありますが、これからは私なりの見解を時おり示していきたいと思います。


■タンゴのノスタルジー

私がタンゴの要素として最も大切にしたいものの一つが「ノスタルジー」という感覚です。
スペイン語ではNostalgia(ノスタルヒア)と表記され、タンゴの曲名や歌詞にも頻繁に出てくる言葉です。

日本語に訳すと「郷愁」とか「懐古」となるはずですが、タンゴにおけるノスタルヒアは決して昔を懐かしむ程度の軽い思いではなく、涙をともない胸をかきむしるような強烈な情念が込められていることが多いようです。(同じく郷愁と訳されがちなブラジル音楽の「サウダージ」にも通じる非常に強い思いかもしれません)
ノスタルヒアという言葉の中には、もう二度と取り戻せない過去、失われた愛、輝きに満ちていた時代、古い下町の情緒、人生の希望・・・それらに対する痛切な悲しみと憧憬の思いが込められているように思われます。
そのような喪失したものを「仕方がない」とあっさりあきらめるのではなく、いつまでもふさがらない傷跡のように忘れられず強いこだわりを持ち続けるという思いがタンゴの根底には流れているのです。
決して前向きでポジティブな思いではないですが、人生とはそもそも常に前向きである必要があるのでしょうか?
タンゴとは人生における忘れえぬものを歌い上げる音楽だと思うのです。

このような思いを感じさせるのは、タンゴが百数十年前のブエノスアイレスの貧民街のような場所で、持たざる人々の間から起こった音楽だからかもしれません。
タンゴが貧民街から繁華街に抜け出た後も、このような古い下町のイメージはタンゴの中に根強く残り、「喪失の思い」はタンゴの表現の基調となっていったのです。
決してポジティブな思いではないですが、音楽とはそもそも常に前向きである必要があるのでしょうか?
タンゴとは人生における忘れえぬものを歌い上げる音楽だと思うのです。




■ピアソラとノスタルジー

モダンタンゴと紹介されることの多いピアソラは一見するとこういったノスタルジーと無縁のように思えます。
「タンゴの破壊者」とののしられ、保守主義者と舌戦を繰り広げた強面の姿は、確かにノスタルジーという言葉は似あいません。
しかし、同時にピアソラは「下町情緒のタンゴ」の第一人者であるアニバル・トロイロと深い親交を持ち、タンゴの最大の理解者という姿もあったのです。

ピアソラはその卓越した作曲・編曲能力により巧妙に隠していますが、根底にはやはりノスタルジーが流れています。
それはアディオス・ノニーノのような作品のむせび泣くようなバンドネオンの音色、オラシオ・フェレールとの共作による一連の歌曲の世界観、独自の解釈で愛情を持って演奏した古典タンゴの数々の中に時おりふわりと現れます。

ピアソラが音楽を担当したフェルナンド・E・ソラナス監督の『スール、その先は愛』で描き出される世界もタンゴのNostargiaそのもの。
そもそもスール(Sur)=南という言葉自体がタンゴのノスタルジーを強く想起させる言葉であり、失われていったタンゴの生まれ故郷であるブエノスアイレス南部の地域を指しています。

この映画のテーマ曲であるピアソラ作曲、ソラナス監督の詩による歌曲『南へ帰ろう(Vuelvo al Sur)』の描きだしているものは私には、タンゴのノスタルジーの凝縮された世界のように感じられます。

『南へ帰ろう・・・いつも愛に帰っていくように
あなたのもとに帰ろう・・・私の願い、私の恐れとともに
私は南を身にまとう・・・心の行き先として
私は南から来た・・・バンドネオンの音色のように』



■アンチテーゼとしてのタンゴ


このようにタンゴが「忘れ得ぬものへのノスタルジー」ととらえると、タンゴはずいぶん後ろ向きな音楽に感じるかもしれません。
しかし芸術が人間の喜怒哀楽を形を変えて描き出すものととらえると、全ての音楽が常にポジティブな感情を描く必要はないのでしょうか?
人生においては立ち止まり、ゆっくり後ろを振り返ることで初めて見えてくるものも多いのです。

現代日本はとかく「明るくポジティブ、前向きに」「進歩を」「斬新なものを」という考え方を称賛しがちな空気感がありますが、タンゴのもつ屈折はこういった考えへのアンチテーゼになりうると思うのです。